Archive for the ‘tete-a-tete’ Category

今年もお世話になりました。来年も宜しくお願い致します!

2011年、あと2日で終わります。 毎年、あっという間!と言い続けていますが 本当にアッ!という間です。 皆様には大変お世話になりました。 今年の初めは、確か記憶に正しければ(怪しい!) 新年会から始まり、色々なイベントの プランを立てたりしながら バタバタと過ぎ去っていった気がします。 そして、3月の震災。 そこから色々と自分の中の日本であったり、 自分の音楽に対する姿勢やら、 日本との関わり方が変化していきました。 七夕のYuming Things 2、 アルバムのレコーディング、 恒例の秋の日本でのライブ、 先日のNippon Song。 沢山の出会いがありました。 そして、これらは全て、 自分の中で、何か繋がるというか、 来年、2012年の土台になっていくような そう思わせる何かがあります。 世の中には沢山のミュージシャンが 何かを表現するというアートの一端を担っていて、 自分はその中の、何万といるミュージシャンの一人なわけですが、 ワタシだから出来ること、 ワタシだから歌えること、 というのを 信頼できる仲間と一緒に創り続けていきたいと思います。 来年も宜しくお願い致します! 麻美子より。 追伸: 来年のライブは、Upper Westにある Symphony Space併設のBar Thaliaというところから 始めます! 1月17日(火曜日)夜9時から、2セット。 是非、お越し下さい。 詳細は追ってML、このブログでお知らせしますね。

水ぶくれできちゃったりしつつも

ふと振り返ると時間に余裕ができていて、俄然、考え事する時間 (シュミレーションをしてるとか、構想を練っているなんて言うと聞こえはいいが、 一歩間違えば空想壁という言葉で片付く可能性も大有りな行為) も必然的に元通りのサイズに拡大。 なんか、やっと落ち着いて、音楽聞こう!であるとか、 お友達のライブを見に行こう!であるとか、 そゆことがしたい、できそうな気分になれる、この喜び。 嬉! なのである。 それぐらい、ここ一ヶ月は妙に忙しかった。 だって、マッサージに行っちゃったもん!(自慢すべきことではまったくないんですけど。) ワタシは生まれてこの方、4度しかマッサージというものに行った事が なかったのだが、流石に弱音をちびっと吐き、 人生5度目のマッサージにまで行った位、 限界っていう名前の天井にタッチできちゃいそうなほどの状態。 大まじめに自分史の中では大変珍しい状態だったと思う。 ちなみに、生まれて初めてのマッサージは、 スポーツ理学系のマッサージで、所謂、医者に施してもらい、 2度目は渋谷にある某テレビ局近くの中国人のやってる店。 そして後の二度は、アメリカに来てからで、今回行ったのと同じ店。 今回は、Grouponを利用して(!)、チップを含めて考えると 最終的には3割り引きぐらいの金額で、 ホット・ストーン・マッサージってのをやってもらった。 これがですね、はんぱじゃなく 熱い! ん・で・すって、笑えないぐらい。 でも、我慢したんです、きっと体にいいに決まってるって思って。 実際、なれると気持がいいんですが、 終わって、ああ、やっぱり!背中が一箇所火傷してました。 とほほ、です。 それでも、普通のマッサージより、血行がよくなって、 とてもよかったので文句言えないんですけど、、、割引だし。 (火傷して、水ぶくれができたところ以外は。笑) 箸休め(になるのか?本当に?)。 先月のトミジャズでの一こま。ベースのスティーブ君とデュオでOld Devil Moonです。 雑音がスゴイのですが、良い雰囲気が伝わると思うのでアップしてみます。 ちなみに、ご本家のYoutube上では、unlistedのまま(公開の設定にしてない)ので こちらのリンクからのみご覧いただけます。 スティーブくん、画面では時折手が写る以外、まったくフレームに入ってません。 カメラの位置が固定な故なんですが、、、 その代わりといっては何ですが、ピアノを弾いていない どどりんが、最初から最後まで写っております。 世界に散らばる百々徹ファンの、特に背中ファンには涙が出るほど嬉しい映像ですね!笑 スティーブ君とのデュオでのギグを、どこかでブックしたいのですが、 まだ実現しておらず。お客様と近くて、暖かい雰囲気があって、 ベースとボーカルのデュオに適した場所、ないですかね? ニューヨーク、もしくはニューヨーク近辺で。 ベースとボーカルのデュオだと、コーヒーハウスのような場所なら 完全にアコースティック、もしくは歌に小さいアンプとマイクを使うだけで 十分なので、出張、しやすいですよー。(宣伝ピッチ) コーヒーハウス・ツアーとか、いいなー(美味しいコーヒーを沢山飲むところを想像中なり。) 11月の日本滞在。未だ何も決まってないのですが~、 今からとても楽しみです。 [...]

大らかでありたい

このごろ、価値観っていうんだろうか、 そゆものを考えさせられる、そんな機会に多々出くわす。 これも恵みの一つなんだろうな、などと思ったりもする。 (と、ちょっとだけ、いい子ぶって。) 一生持ち続ける価値観みたいなものもあれば、 人生の、節目、区切りに沿って、生まれる価値観、 役目を終えて消えていく価値観、そんなものもあるだろう。 なんというか、意外に流動的というか、季節的というか。 その時の自分のココロに沿った、信じられるもの、 そんなものが形を変えて、価値観なんていう名札をぶら下げて、 転校生が教室に入ってくるように、自分の中に入ってくる。 そんなイメージ。 なんだかんだ言って、日本で生活した年月よりも ここ、アメリカで生活した年月が、少しだけ多くなった。 楽しいことも、嬉しいことも、悲しいことも、辛いことも、 出会いも別れも、どっちの国に居るときにも潜り抜けてきた。 そういう人生の機微に触れる度、 気負いというものが自分から徐々に抜けていく。 一枚、二枚と剥がすような。 日本人だから 一人っ子だから 女だから ボーカルだから 音楽やってるから 二足わらじ履いてるから ニューヨークに居るから ジャズやってるから 色々あるんだろうけれども、 どれも否定できない。 絶対に、自分の中にあったと思う。 完全に消えたわけではないが、 随分と自分がシンプルになりつつあるな、と思えるのは 実はすごく幸せなのかもしれない。 今は、だから、の後に括弧して、「だから?」を入れてバランスをとる。 日本人だから。(だから?) だから が だから? で打ち消されて、 日本人 が残る。 そうです。 単に日本人というだけでいいんだと思います。 何が言いたいんだよ、お前は? 多分、ですけれども、 大らかでありたい って言えば早かったのかもしれないです。

今思うこと。

日本に居られる皆さん、 本当に今、辛い時ですね。 地震、津波、そして原発事故。 眠れぬ夜を過ごされていることでしょう。 国外に居る者の一人としては、 ただただ皆さんの無事と、 心休まる日々が戻ることを祈ること、 そして募金をすることしか、今はできません。 大変歯がゆいです。 恐らく、国外にいる日本人だけでなく、 世界中の多くの人達が、そのように思っているんじゃないでしょうか。 自分が、911の時に、沢山の人達に助けられ、 沢山の人達に愛情と勇気をもらいました。 今、こうして私が歌をうたっていられるのも、 そういった皆さんの励まし、愛情の賜物です。 今度は私が皆さんに、何かをする番です。 いったい何ができるか分からないのですが、 私なりに何がやれるか、がんばってみます。 だから、皆さんも頑張って下さい。 そして、私だけでなく、 沢山の日本人ニューヨーカー達が、同じ気持ちで頑張ってますから! がんばりましょう。 皆でがんばって、乗り切りましょう、この苦境を。

Quality Time

女心と秋の空、よく言ったもんです。 日本のツアーの総合の感想やら、最近考えることを書こう! なんて思っていたら、全然違う話を書き留めておきたくなりました。 ころっ、 とです。ま、皆様は慣れていらっしゃいますよね、 ワタシの方向転換癖とでも言いますか…。 母が年一の訪NYを終え、帰国を明後日に予定しています。 既に4、5度目の訪問となると、 観光するというよりも、極端ないい方をすれば ちょっと遠出して買い物に行きます、ちょっとハンバーガーを食べに行ってきます、 といった日常の平行移動といった趣なので、3週間弱の滞在期間中の会話も、 極めて日常的、他愛の無い会話に落ち着きます。 逆に言えば、こちらから何かサプライズを用意するのが年々難しくなり…(汗) 今回は、何も大きなイベント無しに帰すことになるんだろうか? なんて考えていたら、丁度、今日のロッカフェラーのツリーの点灯を思い出し、 「!」と思って行きました。 え?人ごみ苦手な麻美子が?って思われた方はどんぴしゃ。 もちろん、ただ行って人ごみに混じるようなワタシではなく(笑)。 ワタシの昼の仕事の絡みで、2度ホリデー関連のパーティーがあって、 オフィスが小さい規模なので、ほぼ義務に近い状態で出席しなくてはいけなく、 そのうちの1つが、必ず、ロッカフェラーの某所であり、 必ずツリーの点灯式の日にパーティーをするのです。 それに母を連れて行った、というわけ。 なので、人ごみで気分が悪くなったり、目眩がしたり、ってことは ありませんでしたのでご安心を(笑)。 パーティーの方は、なんだか今年は立ち上がりの盛り上がりっていうんでしょうか? が全く感じられなくて、適当に飲んで、適当に食べて、 ツリーの点灯を待たずに家にかえろ!かえろ!って気分になり、家でテレビで木の点灯を見ました。 と、書いてしまうと、ここでチャンチャンッと終わってしまう。 しかしながら、上の話は本題に掠りもしないのです。 昨日、母はデパートに行って、cross-body styleの、 日本語でいう肩がけ、襷がけのバッグを買ってきた。 ワタシがcross-bodyの、マチのないプレーンで四角いものをここ4年ぐらい愛用していて、 どうやら、そういうものが欲しくなったらしい。 それはグレーの柔らかな皮の、よく縫えているカジュアルなバッグで、 ワタシも違う色で以前に買おうかどうしようか迷ったもだったので、ちょっとビックリ。 ふーん、やっぱ親子だな、と妙に納得したのだが、納得の波は未だ続く。 帰り道、地下鉄で移動中に母は、 その新しいバッグを見つけてから実際に購入に至るまでのデパートでの状況をワタシに 説明してくれた。やはり、買い物好きの細胞の生み出す興奮というのは 一駅、二駅の短い時間では足りないようで、 乗換えを含めて五駅以上は費やしていたように思う。 勿論、そんなワタシの中にも、彼女から譲り受けた買い物好き細胞は 確実に生きているからにして、ここでは極めて暖かな視線で わが母の話に耳を傾けている図を想像して頂きたい。 一通りバッグ・ストーリーが終わり、丁度電車が下りる駅に差し掛かった時だった。 母が急に亡き父の話をしだした。 「麻美のお父さんは」 母はワタシを麻美と呼ぶ。 「学生時代、バイトでカバンのデザインをやっていたのよ。」 びっくり、初耳である。 父は、某県立高校から今で言う専門学校のK沢デザインへ行った珍しい奴だった。 彼の年代でU高に通っていた人たちは、皆、国立の、 所謂高学歴と見なされるような大学へ行くのが当たり前の進路選択だったそうで [...]

こうして日記を書き続けていると

色々思うこともあれば、不都合なことも出てくるし、 報われることも、反って落ち込むこともある。 昔、日記をオンラインでつけ始めた頃は 読者も少なかったし、ウェッブ・プレゼンスのようなものが 限りなくゼロに等しかったから、書きたい放題、色々なことを書いていたように思う。 なんというか、voiced loud and clearってな感じで。 今日日、HPを一として、ブログ、mixi、facebook、myspace、email blast、 twitter、大人のブログ、linked In、youtubeなどなど自分がハンドルするだけでも それなりにメディアの数は増え、少しだけ手間を省くためにcrosspostしたり、 ポストするコンテンツを全部統一はしないで、少し変えたり、放置したり(!) ちょっとだけ手間をあえて残して遊び心を失わないようにkeep upしている。 dutyっぽい、to-do-listっぽい部分も含めてそれなりに上手く回していると思うんだけれども、 (シガナイウタウタイにもそれなりにやらなくてはいけないこと、というのがあるわけです)、 日記猿人、才人の頃のオンラインでの書き流しをしていた頃にあった 「何か」が、今は自分の手にない、確実に失われたことを否めない。 それは、個人的なことを呟けなくなったこと。 個人的なことと言うのは、例えば恋愛話であったり(これ、でかい!)、 差しさわりの大いにある意見など、時に偏った生身の自分が 現在進行形で、その時に思うことを指している。 結構、ブログでも普通に自分の意見というのは述べているけれども、 時間があったのも手伝って、昔はもっと書いていたような気がするのだ。 書くことは嫌いではない。 意見を述べることも嫌いではない。 書くことで時間がとられることも苦痛ではない。 やはり、どこか別の場所に、匿名でヒソヒソ話をできるサイトを設けるべきなのかしら? ちょっと考えようっと。 でも仮にそういう別の場所を作っても、どこにもリンク張らないし、 教えませんから。ふふふ。 そう、隠れ家の発想だよね、きっと。